Vol.02
話題の企業PRアニメ「そばへ」丸井グループの“インクルージョン”をどう表現? 東宝&オレンジPが語る
丸井グループが制作、東宝映像事業部が企画をし、オレンジが制作したオリジナルショートアニメーション『そばへ』。
3月7日よりマルイノアニメ公式チャンネルにて配信スタートした本作は、「雨」をモチーフとしており、その美麗な映像や、解釈の分かれる内容から話題を呼んでいる。
本記事では、そんな『そばへ』でタッグを組んだ東宝の武井克弘プロデューサーとオレンジの和氣澄賢プロデューサーにインタビューを敢行。
2017年の『宝石の国』で初めて共に仕事をしたふたりは、丸井グループの掲げた本企画のテーマ「インクルージョン」をどのように解釈し、石井俊匡監督と共に作品を作り上げていったのか。企画コンペから制作時のエピソード、そして本作に込めた熱い思いを語っていただいた。
[取材・構成=山田幸彦/撮影=小原聡太]
ふたりの出会いは? 映画好き同士で意気投合!
――まずは、業界内でのおふたりの出会いについてお聞かせください。
和氣
私がオレンジに来る前、スタジオ地図に在籍し、『おおかみこどもの雨と雪』で制作デスクをしていた頃ですよね?
武井
そうですね。僕は東宝の関西支社で『おおかみこども』のローカル宣伝を担当していたのですが、映画公開の翌年に本社へ戻ってきたタイミングで、『おおかみこども』の制作担当者が、和氣さんを紹介してくれたんです。
同い年ということもあって話が合い、しばらくはただの飲み友だちとしての付き合いが続きました(笑)。
和氣
そのときからお互いに映画が好きで、「いずれは映画を作りたい」という話はしていました。
――初めて一緒にお仕事をされたのは、2017年のTVアニメ『宝石の国』でしょうか。
武井
はい。『宝石の国』をオレンジさんとつくりたいと考えていたのですが、当時はまだアニメ制作の元請けはやられていなかったので、制作プロデューサーがいなかったんです。
そのとき「どなたか紹介してくれませんか?」と和氣さんにお願いしたら、和氣さんご自身が立候補されてお手伝いいただくことになりました。
――そこから今回の『そばへ』で再びタッグを組むに至るまでは、どのような流れがあったのでしょう?
武井
丸井さんがアニメを作るにあたってコンペを開催し、いろんなところに企画を出してほしいと呼びかけたんです。
その中で、昨年の7月に弊社東宝にもお声がけいただきました。
「2Dアニメ、3Dアニメは問わない」とお聞きしたので、これはひとついいきっかけをいただいたと思い、和氣さんに相談したんです。
『宝石の国』の後、「もっと新しい表現でアニメをつくりたい」と日頃から和氣さんと話し合っていたものの、アニメって試したいことがあっても、通常のシリーズアニメや劇場アニメだとどうしても実現までに時間がかかってしまう。
でも、ショートアニメーションならば、いいスピード感で面白いことにチャレンジできるかもしれないなと。
――石井俊匡監督を中心としたスタッフィングはどのように決められていったのでしょうか?
武井
打ち合わせの中で、和氣さんがまず一緒にやりたいとおっしゃった方が石井監督だったので、それを軸にスタッフィングを進めていきました。それから、「これを機に若い才能とご一緒したい」という思いを丸井さんが快く認めてくださって。石井さんに承諾いただけたら初監督ということになるので、そういう意味でもチャレンジができて良いなと思ったんです。
和氣
もともと石井監督は2016年の『僕だけがいない街』で第2話のコンテ・演出を担当され、その回がとても面白かったんです。
それでスタジオ地図の人に「こういう面白い人がいるよ」と話していたら『未来のミライ』の助監督をやられることになり、その作業が終わるタイミングでオファーをかけたんです。
それで快諾いただき、一緒にコンペに提出する企画を考えていきました。
――キャラクターデザインの秦綾子さんの抜擢に関しては?
和氣
秦さんもキャラクターデザインを手がけるのは今回が初めてなんです。
絵の魅力はもちろんですが、『未来のミライ』制作時に石井監督と席が隣同士だったので関係性ができており、意思疎通もしやすいだろうと考えました。
武井
あとは、彼女のコテコテしてない、スッキリとした絵が作品のコンセプトにもバッチリはまっていましたね。広く受け入れられやすいビジュアルにしてほしいと、丸井さんから要望をいただいていたので。そういった意味でも、ステキなキャラデザを上げていただきました。
――福原遥さんの声もマッチしていましたね。
武井
声質はまさにおっしゃる通りで、彼女はアニメ専門でなく所謂“顔出し”の女優としても活動しているので、丸井さんの求める方向性や秦さんのデザインしたキャラクターにちょうどいいバランスの声だと思い、キャスティングしました。
セリフが少ないので、せっかくお呼びしたのにもったいなかったなと思い(笑)、劇伴にも声を入れてはどうかと提案しました。結果的にはそういった新しいことにもチャレンジできてよかったですね。
「インクルージョン」というテーマを雨で表現
――丸井グループさんが提示した「インクルージョン」というテーマをどのように作品に落とし込もうと?
武井
正直なところ、最初は「このテーマ、どう理解したらいいんだろう……」と難しさを感じていました。
でも、丸井さんから「インクルージョンは、簡単にいうと誰も置き去りにしないことです」という噛み砕かれたご説明を伺って、だったらそれを身近な題材に置き換えて描ければいいのかなと。
そこから石井監督と僕と和氣さんで企画案をいくつか出し合って、お話を考えていきました。
結局、雨に関しては和氣さんから出てきたんですよね?
和氣
雨モチーフというのは、自分からのアイデアだったと思います。
武井
テーマとの結びつきだけでなく、雨の表現に和氣さんが挑戦されたがっていた部分もありましたよね。
――雨の表現にオレンジの強みも活かせると考えられていたのですね。
和氣
アニメにおける雨って、フォーマットのように思える表現って幾つもあるようには見えるんですが、今のオレンジならばもっとできることがあるんじゃないかな、と考えていたんです。
ただ、当初の気持ちとしては「オレンジの技術を活かせる、かもしれない……」くらいでしたね。それまで、雨の表現自体はやっていたのですが、それを見せる事に最大限集中する、みたいな作り方はしていなかったので。
――雨そのものへの思い入れもあったのでしょうか?
和氣
僕は子どもの頃から、天気の変化というものが好きなんです。
そもそも水が空から降ってくるなんてすごいことだぞ、と思っていて。
でも、大抵の大人は雨の日って「濡れるから嫌だ」とか憂鬱という考え方ですよね。
子どもの頃は、水たまりで思わず泳ぎたくなったり、どこかワクワク感があったと思うんですが。
そういった大人が今回の映像を観て、子どもの頃に置き去りにしていた気持ちを思い出したりして、今まで嫌いだった雨の見え方が変わったりすれば、それもインクルージョンと言えるかなと。
――石井監督をふくめた3人での話し合いはどのように進められていたのでしょう。
武井
コンペのときの丸井さんの企画書から重要と感じたワードを抜き出していって、それを元に解釈を膨らませていきました。
暗い冒頭から明るいラストカットへの変化を描くお話になるのかな、というのは初期の段階でぼんやりと決まっていた気がしますね。
で、固まった内容を丸井さんに去年の8月半ばにプレゼンして、お返事もすぐにいただけた記憶があります。
――配信開始が翌年の3月7日と考えると、なかなかタイトなスケジュールですね。
武井
「何が大変でしたか?」ってたまに聞かれるんですけれど、単純に時間がなかったことが大変でした(笑)。時間が少ない中で企画を考えて、全てが急ぎでしたね。
同じスタッフで映画が作れるような企画にしたい!
企業PVというとテーマのわかりやすさを重視した内容の作品がある中、『そばへ』は観た人に解釈を委ねる内容で、PVというよりショートムービー然としている印象を受けました。
石井監督の感性によるものも大きいとは思いますが、映画好きなおふたりの好みも反映された内容になっているのかなと。
武井
コンペにあたり、丸井さんとしても単純な企業PRの映像ではなく、映画館にかかっても観てもらえるようなクオリティの作品を作ってほしいというオーダーだったので、そこに応えたという側面もありますね。
もちろん、おっしゃる通り我々も映画が好きですし、そもそも東宝は映画会社というのもありますし、企画打ち合わせやスタッフィングで、「このまま同じスタッフで映画が作れるような企画、座組にしたいね!」と話はしていました。
なので観た方々にもそう感じていただければ嬉しいです。
実際集まったスタッフの方々も「短編のためにこんなメンバーが……!」という贅沢さですし、そもそも短編でコンセプトアートから作り込んでいく形態というのも、日本ではなかなか贅沢なことですからね。
――石井監督は制作にあたり、企業PVという言葉から想像していたよりも縛りが少なく、驚いたとおっしゃられていたのですが、そんな中でおふたりからオーダーされた部分はありましたか?
和氣
3DCGで作るにあたって、一番気をつけなきゃいけないことは、モデリングするキャラクターの数なんです。
なので、描くべき対象物は少なくしてほしいと最初からお願いしていました。あとは総尺くらいです。
武井
言われてみると、確かに縛りは少なかったです。
あ、でも、最初カット数についてやりとりしていましたよね。監督が「そんなに少ないんですか!?」と言っていたのを覚えています。
――それはスケジュールの兼ね合いもあったのでしょうか?
和氣
スケジュールというより、作画のアニメと3DCGアニメの違いですね。作画のアニメはカットを刻んでテンポ良く編集していく流れが主流なんですが、3DCGは1カットの中で多くのアクションを入れる事ができるので、尺をゆったり目にとっても絵がもつんですよね。
そういった意味でカット数が少ないほうが良いと提案していたんですが、論争の末、結果的に今の形に落ち着きました(笑)。
――特に手応えを感じられた瞬間は?
武井
牛尾憲輔さんの音楽が上がったときです。
そもそも、今回はショートムービーということで、シンプルに洗練された音楽でバシッとコンセプトを表せる方が良いと思い、『リズと青い鳥』や『聲の形』などでコンセプチュアルな楽曲を作っていた牛尾さんに音楽をお願いしました。
ミュージックビデオじゃないですが、音楽が立つ作品になるといいなと思っていたので、仕上がりを観たときは狙い通りに行ったと手応えを感じて、とても嬉しかったです。
――牛尾さんの楽曲は、幻想的な雰囲気も感じさせつつ耳に残るものでしたね。
武井
最初に「雨を音で表現するとしたらどうなるでしょう?」とお題を投げて、それに応えていただいた形です。
環境音っぽくもあり、メロディ展開もあるという。変化が大事になる作品だったので、音楽に関してもそういった物語性を持つ曲を上げていただきました。
音楽に福原さんの声を入れることも提案したら、その場でもうイメージが浮かんだようで、歌い出されたりするんですよ。打ち合わせ自体が楽しかったですね。
――和氣さんはどこで手応えを感じられましたか?
和氣
先ほどお話したように、今回は雨の表現を頑張ろうと思っていたのですが、それ以外にやってみて楽しかったのが、妖精の着ているポンチョの動きにクロスシミュレーションを取り入れたことです。
和氣
「Marvelous Designer」というツールを使用したんですが、想像以上に綺麗に動かすことができましたし、今までやっていた表現のひとつ先のことができたのは、上がってきた画を見て嬉しかったところですね。
――確かに、モーションキャプチャーも相まって、妖精の動きや彼女が着るポンチョの表現は、2Dではあまり見ることのない表現になっていましたね。
和氣
雨もそうなんですが、透けているポンチョを動かすのも、作画だと難しい表現なんですよ。CGの強みを活かせたのではないかと思います。
――雨の表現といえば、配信当日の記者会見で雨がフォトリアルな表現からセルルックな表現へと落とし込まれていく過程が資料映像で紹介されていて、それをあの場で発表すること自体にも熱量の高さを感じましたね。
フォトリアルからセルルックな表現への処理の例。下段はOKカット。
和氣
セルルックなアニメを作るときって、既にデフォルメされている作画アニメの表現をそのまま模倣しちゃうと、デフォルメのデフォルメになって、違和感が出てしまいがちなんです。
なので、実写をまずCGに落とし込み、そこから引き算して完成形の表現へと落とし込んでいく考え方をしています。
「よりリアルにやったらこうなるけど、アニメならこういうデフォルメをさせるよね」と段階を踏んでいくのが一番いいですね。
ふたりのプロデューサーユニット「プロジェクト」の今後は?
――本編公開後の反響はいかがでしたか?
和氣
そもそもオレンジが短編を作る機会が今までなかったので、仕事関係の方からは「そのスケジュール感でCGの短編を作れるの!?」と驚かれました(笑)。
武井
お客さんからも喜んでいただいている声は聞こえてきていますね。
今回、まずは絵の綺麗さを感じ取ってもらえればいいと考えていたので、率直に「綺麗だな」という感想を聞くと、こちらの思いが届いたかなと嬉しくなります。
――今作を経て、今後チャレンジしてみたいことは生まれましたか?
和氣
短編だからこそいろんな表現をやっていいんだ、と改めて思いました。
それこそ今回の秦さんデザインで石井さん監督というのもうちでやってなかった座組ですからね。
夢のある企画だった一方、スタッフィングや技術面の検証という一面もあったので、これからもそういった挑戦の機会を増やしていきたいです。
武井
検証という意味でいうと、この先もいろいろな企画を和氣さんと考えているので、そこに今回のような短尺のお仕事が加わると、控えている企画のビジョンも固まり、より実現させやすくなりますね。
また、とてもステキなスタッフに恵まれたので、また何かしらでご一緒したいと思っていますし、「インクルージョンというテーマでまたお願いします」というご依頼が来たら再びチャレンジしてみたいです。
とにかく「いくらでもお仕事待っています!」という感じです(笑)。
――いろいろな企画! それは早く観てみたいですね。
武井
深くは言えないですが、すごく……いろいろ考えています(笑)。時間がかかっているものもありますが、何かしら今後披露できるのではないかなと。
――これからのお仕事も楽しみにしております。ちなみに、お二方がタッグを組まれた際のユニット名が「プロジェクト」ということですが、こちらの名前の由来はどこからなのでしょうか?
武井
僕たちは漫然と仕事をこなすのではなく、新しい可能性に自ら身を投じていきたいと思っていて、それを表した名前になっています。ハイデガーという哲学者の提唱した概念で「投企」という言葉があって、それを英語で「project」と言うんですが、自らを世界に投げ込んでいく態度を意味するらしく、その言葉を名前に使うのはいいなと思いまして。
どんどん試したい表現や企画があるので、そういった新しい挑戦をふたりで一緒にやっていくぞ、という意味でのユニット名になっていますね。
――「プロジェクト」として『そばへ』を制作し、おふたりはそれぞれどのような収穫がありましたか?
和氣
ここまで触れていなかったのですが、今回社内のスタッフに関しては、最初から若手だけでやろうと決めて制作をスタートし、結果として、若手が自分の力を試せる現場にできたのかなと思います。
いちスタッフとしてアニメーションだけをやっていると、人物や物体を動かすことだけ考えてしまいがちなんですが、監督や演出とやりとりをする立場で仕事をすれば、キャラを動かしてほしくないカットが存在することを知ることもできるんです。
今回の仕事を通して、演出する意図に沿ってアニメーションするということをみんな学べたと思うし、今後に活かしていけるのではないかと。
武井
莫大な予算、人員で短期間に高品質なCGアニメを量産できる海外に対して、我々はどうしてもリソース面で敵わない部分があります。
でも、敵わないだけでなく、そんな中でどう工夫して良いCGアニメを作るか、というのはずっと考えていることでもあったので、今回限られたスケジュールの中で短編を作ることができたのは、本当に有意義な機会でした。
――ありがとうございます。では最後に、改めて『そばへ』の注目してほしいポイントについて一言ずついただければと思います。
和氣
1回観ただけでお話を理解できる構成にはなっていないんです。
でも、1カット1カットにしっかり意味がある作品なので、なぜこのキャラクターはこう動いているのかなど、意味を見つけながら観ていただければと思います。
武井
妖精が元気なだけじゃなく、時にはフラフラしたりといった様々な動きをしていて、そこにも意味があるんですよね。
個人的におすすめしたいのが、1枚1枚カットごとに止めて観ていただくという観方です。長砂(賀洋)さんにコンセプトアートを書いてもらってから映像を作っている強みだと思うのですが、各カットに絵画的な良さがあるんですよ。
さりげない1カットに秘められた光の角度がカッコいいとか、初見時は一瞬の印象として焼き付いていた表現をひとつずつ確認してみてほしいです。
ぜひ、何度も見返してみてください!
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