Vol.03
「そばへ」"初監督"と"初キャラデザ"の石井俊匡×秦綾子、どう魅力的なキャラ作った?
丸井グループが製作、東宝映像事業部が企画をし、オレンジが制作したオリジナルショートアニメーション『そばへ』。
「雨」をモチーフに、丸井グループが掲げるテーマ「インクルージョン」を美麗な3DCGアニメーションで表現している。
連載第1弾:石井俊匡監督と主演・福原遥さん、第2弾:東宝の武井克弘プロデューサー、オレンジの和氣澄賢プロデューサーの対談に続き、今回は石井監督とキャラクターデザインを担当した秦綾子さんにインタビュー。
石井監督は秦さんの絵のどこに魅力を感じ、キャラクターデザインとして起用したのか? また秦さんは初のキャラクターデザインにどのように取り組んだのかなど、作品の内幕を聞いた。
[取材・構成=山田幸彦/撮影=小原聡太]
今回のタッグが実現した経緯は?
――最初のお二人の出会いは『未来のミライ』とお聞きしました。石井監督は助監督、秦さんは作画監督として参加されています。
石井
『未来のミライ』の制作が始まる前の2016年、スタジオ地図の忘年会ですね。細田監督とも初めてそこでお会いしました。

そうですね。私はもろもろのデザインが決まる前、石井さんよりも先にスタジオに入っていました。
――『未来のミライ』制作時、おふたりはどのような形で関わっていましたか?

もうひとりの作画監督の青山(浩行)さんを中心に石井監督とやり取りをしていました。
石井
作画監督の青山さんが秦さんに向いていると思うカットを提示して、それを参考に僕が秦さんにカットを依頼する。で、原稿が上がったらチェックして……というやり取りがメインでした。
――当時、石井監督は秦さんの絵にどういう印象を持っていましたか?
石井
くんちゃんといったキャラや、各カットの修正原画を見ていたわけですが、思ったよりも筆致が濃くて。

けっこう荒い絵で描いているのでびっくりしたと思います……(笑)。
石井
そこが意外でしたね(笑)。『未来のミライ』のあとCMを制作したのですが、そのとき秦さんに原画で入ってもらい、レイアウトから描いていただいたんです。その絵がすごく可愛くて素敵でした。
キャラクターのシルエットや動きも気持ち良かったし、原画の一枚一枚が生き生きしていた。絵にすごく説得力を感じたんです。
そこから時を経て、『そばへ』の監督としてスタッフィングをする際に、ぜひ仕事をご一緒してみたいとお声がけした形です。
――今回、秦さんは初のキャラクターデザインです。石井監督は、何を期待して秦さんにお願いしたのでしょうか?
石井
「秦さんならこういうデザインを上げてくるだろう」と仕上がりを予想してお声がけしたわけではなく、「秦さんはどんなデザインを上げてくるかな?」と、ワクワクしながらお願いした部分が大きかったですね。

『未来のミライ』の頃から、「石井さんが声をかけてくれたらどんな雑務でもやろう!」と思っていたのですが、まさかキャラクターデザインだとは……大変びっくりしました。
本作完成後、石井監督から「CMで描いたキャラが可愛かったんですよ」とお聞きして、そういう理由だったのかと。
石井
秦さんは「お世話になったので是非やらせてください!」という言い方をされていたのですが、「むしろお世話になったのはこちらの方なのに!」と思っていました(笑)。また別の形でご一緒できて、とても嬉しかったですね。
ディテールにこだわったキャラクターデザイン
石井
自分のイメージを簡単に書いてお渡ししました。自分の経験を反映させたものや、本編に織り込まれていない裏設定もけっこうありまして。

裏設定、ありましたね。「男の子は野球部だったけど、今は引退して受験勉強中」とか。
石井
ひと通り説明した後は秦さんにお任せしていました。そこから上げてもらった絵を見たら、まさにイメージ通りでしたね。
ストレートに可愛いし、なおかつ色っぽさもある。とても魅力的なキャラクターだな、というのが第一印象でした。
――秦さんは今回、初のキャラクターデザインですが、参考にされたデザインなどはありましたか?

私がそんなにアニメを観ていないこともあって、いざキャラデザをお引き受けした段階では、どう描いていいかわからなかったんです。
なので『未来のミライ』で間近で作業を見ていた青山さんの絵を参考にさせてもらいました。
――デザインするうえで苦労した部分はありましたか?

「擬人化」という概念をあまり考えたことがなかったので、傘の妖精はだいぶ苦労しました。
服装については、石井監督から「季節をあまり感じさせない服装」というオーダーがあったのと、雨のモチーフを表現できるように透明なポンチョを着せています。
――ポンチョのデザインでとくに工夫したポイントは?

シンプルなワンピースにしつつ、不思議な感じに出るように袖なしにしました。あとは傘の要素を取り入れることを意識しました。石井監督からは「傘のベルト部分を入れて欲しい」とオーダーがあって、尻尾で表現する案もあったのですが、よく見えない可能性もあるので、首のリボンにしました。
――デザイン画を拝見したのですが、かなり細かいところまで描き込まれていますよね。

短編ではあるのですが、普通のTVシリーズぐらい細かいところまで描きこんでいます。
あと、3DCG作品は初参加だったので、それが3DCGに合ったデザインなのか、試行錯誤しながらデザインしました。
石井
作画だったら見えない部分の設定はなくてもいいんですが、3Dアニメーションの場合、360度見えるように描くので、ディテールがあればあるだけありがたい。たとえば、靴の裏もそうですね。

いろんな角度から見せなければならない3Dでは、たとえばツンツンした髪型は難しいんです。
――『あしたのジョー』の矢吹丈のような、二次元のウソで成立している髪型は難しいということですね。
石井
ああいったものは難しいですね。
――動きの面では、ポンチョのヒラヒラなど2Dだと難しい表現にも挑戦されていました。
石井
ポンチョの動き自体はそこまで難しくなかったのですが……今回、その素材が透明なことが大変でした。
――それはなぜですか?
石井
その奥が透けて見えてしまうからです。作画同様、簡略化できる部分を簡略化せずに見えるようにしておくのは、3DCGでも手間なんです。むしろ、詳細に作らないといけないので、2D以上に大変だったかもしれません。
たとえば、ロボットものにおける盾みたいなもの、あれがあると隠れている部分の作画は省略できるのに、透明だと意味がない(笑)。
――とても納得しました(笑)。
石井
ただ、ポンチョに関しては無理を言って良かったかもしれません。クロスシミュレーションで動かしたから、動きにも特徴が出て印象に残るんですよね。
アニメ業界に入った経緯、クリエイターとして追求したいことは?
ーーせっかくなので、作品のことだけでなくお二人の経歴についてもお聞きしたいです。石井監督はアニメ業界にどういったきっかけで入られたのでしょうか?
石井
僕は大学で物理を専攻していたのですが、アニ研に入りそこで楽しさに気づいて、こっちの業界に来ました。
そうすると、面接では「大学で学んだ物理は、アニメづくりにどう活かせるの?」と聞かれるんですよ。絶対聞かれるんだろうなと思いつつ、回答を用意してなくてあたふたした記憶があります(笑)。
――アニメのどこに楽しさを見出されたのですか?
石井
物理って物の動きを計算したり、解析していくわけですが、アニメは自分のルールで物語やキャラを動かせるのがいいなと思いました。良くも悪くも自分で制御できる部分が多い。そこは今後も楽しみながら表現していきたいですね。
アニメは実写と違い、意図を持って描いたものしか画面に出てこないですからね。ちなみに、先ほど面接でも聞かれたとおっしゃっていましたが、物理を学んだことでアニメづくりに活かせたものはありますか?
石井
どうでしょう……むしろ、「計算式とか覚えなくていいのは、なんて楽なんだ!」と思うぐらいで(笑)。ただ、正解・不正解がはっきりしている物理と違って、作品づくりには明確な正解がない。感性がより大事になってくるので、そこはまだまだ勉強中ですね。
――では、秦さんはどのような経緯でアニメ業界に入られたのでしょうか?

アニメの専門学校を卒業して、テレコムに入社したのが入り口です。その頃は動画や原画を担当していました。その後、フリーとなって知り合いのツテでマッドハウスの仕事を紹介してもらい、そこからTVシリーズに関わることが多くなってきました。
そこからどんどん知り合いが増えていき、他社からもお仕事をちょこちょこもらえるようになりその流れで『ミライの未来』の現場もあり……という感じです。
――アニメーターとしては、どういったものを描くことに関心がありますか?

キャラクターを動かしてお芝居させることです。たとえば男性と女性で動かし方がまったく変わってくるんです。「このキャラクターはこういう性格だからこう動かそう」とお芝居を考えながら描くのが好きです。
――そういった芝居や動きをつけるうえで影響を受けたアニメーターはいますか?

『かぐや姫の物語』でお仕事をご一緒させていただいたアニメーターの小西賢一さんや田辺修さんです。ちょうどお芝居の作り方に行き詰まっていた時期だったので、とても勉強になりました。
お芝居の考え方を原画から読み取ることで、自分の中で世界が広がった感覚があります。ご一緒させてもらい光栄でした。
――「アクションでガンガン動かしたい!」というよりは、とにかく日常芝居がお好きなのですね。

日常芝居は地味ですが、広げる余地があるんですよね。
石井
腕が試されますよね。たとえばコンテだと「歩く」としか書いてなくても、どう歩くかはアニメーターさんに委ねられることが多いので。

そういった芝居をそのキャラクターの性格や背景を踏まえながら描くのが好きなんです。ひたすらそれだけを追求してきたので、今回のキャラクターデザインはとても難しかったですね……。
石井
とはいえ、秦さんがこれまで培われたきたことが今作でも活きていると思います。秦さんが描かれた各カットの表情やポーズの参考絵にはとても助けられました。
僕も3Dは初挑戦だったので、動きをどこまで見られるか不安だった部分もありましたが、何かあった際は「この絵に合わせてください」という良い基準があったので。
ターニングポイントとなる仕事を経て、今後の展望は……?
――改めて、『そばへ』の「ここに注目して欲しい!」というポイントは?
石井
猫の動きやポンチョなど、画面の隅々まで観てもらえると嬉しいです。あとは、美術監督の赤木寿子がアドリブで入れてくれたのですが、町中の看板にスタッフの名前が入っていたりします。そこもチェックしてみてください(笑)。

確かに猫の動きはすごく可愛いいですよね。なおかつ2Dに寄せた動きにしてもらっています。
――再びタッグを組まれる機会があったとしたら、それぞれお互いのどういった仕事を見てみたいですか?
石井
今回、秦さんにデザインしてもらったキャラは人間がメインだったので、今度は動物メインのお仕事も見てみたいですね。猫がとても可愛かったので、猫を前面的に押し出したキャラクターとか!

(笑)。私は、石井さんが思い切り描く恋愛ものを見てみたいですね。今回も織り交ぜているらしい、ご自身のご経験をフルに活かしたものを!
石井
あんまり経験がないのに恋愛ものですか! どんなのになるんだろう……(笑)。
――楽しみにしております(笑)。お二人は『そばへ』でそれぞれ初監督と初キャラクターデザインを担当されて、本作がひとつのターニングポイントになったかと思います。今後の展望はどうですか?
石井
今回、マルイさんのインクルージョンというテーマは大事にしつつも自由にやらせてもらったのですが、もしまた監督をやらせていただけるなら、『そばへ』とは反対に、素直に飲み込めるストレートな作品も作ってみたいです。
あと今回、VFXの物理シミュレーションを使ったりと、3DCGならではの映像表現ができて、そこも面白かった。ぜひまた3DCGにチャレンジしてみたいですね。

初めてのキャラクターデザインでしたが、「どういうデザインなら多くの人に受け入れてもらえるだろう?」と模索することがこんなに大変だったとは……(笑)。
今回はリアルな頭身のキャラクターだったので、もし機会があれば3頭身ぐらいのデフォルメされたキャラクターデザインにも挑戦したいです。
あと、アニメーターとしては、引き続き動きや芝居を追求していきたいです。テンプレートな動きではなく、キャラクターの性格を加味してリアルな俳優さんのように幅を持たせた絵を描きたい……そういうカットが石井さんのお仕事で来たらいいな……なんて(笑)。
石井
いいですね! こちらこそぜひお願いします。
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