インタビュー

vol.2

赤尾でこさん(脚本)

『猫がくれたまぁるいしあわせ』に携わる方々へインタビュー!
今回は、すべてのキャラの生みの親……といっても過言ではない、脚本家の赤尾でこさんが登場です。普段はアニメ作品の脚本やラジオの構成作家として活躍する赤尾さんは、いかにして本作のキャラクターやシナリオを形作ったのでしょうか。
主人公の平倉まりを作り上げる過程、そしてキャッチコピーの「四角い世界をまぁるいミカタに」に込められたメッセージは、私たちも前向きにしてくれる思いが満ちていました。

まりさんは「アニメに出てきそうなキャラクター」を全部まとめた

──CMの脚本はアニメよりもずっと秒数が短いですが、書くときの意識や難しさも異なりますか?

赤尾でこさん(以下、赤尾):そうですね。全然違うものですが、最近は声優さんのラジオ番組のオープニングで、キャラ同士が掛け合う1分ほどのショートドラマを構成することもすごく多いんです。だから、今回のCMはアニメのシリーズ構成というより、そちらの感覚に近かったですね。短い時間でいかにキャラクターの良いところを届けるかを考えました。

まずは「30歳の女性」や「小さな幸せ」という作品テーマを踏まえつつ、プロジェクトメンバーから意見をいろいろと聞かせていただいて、「今回のCMに合うキャラクターはどういう人なのか」をすり合わせていったんです。話してみると、メンバーそれぞれで「30歳の女性」に対するイメージがばらばらだったりもして(笑)。

「そもそも30代女性とはどういう存在で、主人公の『平倉まり』というキャラクターがどういう人物なのか、全員のイメージをすり合わせることに時間を費やしてからシナリオを作っていきました。シナリオの中でもまりさんは生活していて、向き合う相手やかけられた言葉で会話も変わっていく。だからこそ、イメージのすり合わせを大切にしました。

──アニメよりもリアルなキャラクター像を描くことを重視した、と言えるのでしょうか?

赤尾:そうですね。アニメの場合は「頑張る子」「凹みやすい子」みたいに色分けしたキャラクターをつくっていくことが多いのですが、まりさんは「アニメに出てきそうなキャラクター」を全部まとめて、私たちの近くにいるような子にした、という感じです。

リアルな「性格」って、まりさんみたいに頑張る一面もあるけれど、ちょっと落ち込む一面もあるというふうに多面的になるはずなんです。それに女性って、シチュエーションや会っている人によって、性格や感情がちょっと変わるところもあります。

今回の4つの話でいうと、仕事編、趣味編、恋愛編、家族編のそれぞれで、まりさんは4つのキャラクターを発揮しているという感覚もあります。「まりさんが仕事でこんなシチュエーションに出会ったら、こういう行動をするだろうな」という考え方というか。

──「私たちの近くにいるような子」にするために、どのようなプロセスを大事にしましたか?

赤尾:やっぱり「私が30歳の時はこういうことを言っていたな」とか「こういうことで悩んでいたな」とか、回想し合ったりすることでしょうか。

──具体的なエピソードを抽出して、性格を設定していったのですね。

赤尾:一番思い出したのは、その当時に「何に悩んでいたか、何に苦しんでいたか」ですね。テーマは「小さな幸せ」ですけれど、その「小さな幸せ」をまりさんは見つけられていないわけですから、悩みの方向から探っていきました。自分を思い出すことを、まずは頑張りましたよ(笑)。

──その回想はまりさんに投影されていますか?

赤尾:まぁ、ズバリ「自分探し!」みたいなエピソードは今回のCMではなかったですが、まりさんの根っこには「自分探し」の気持ちがうっすらと入っているのではないかと思います。「自分って何なんだろう?」「自分にとっての小さな幸せとは?」というところからスタートしていますね。自分の好き嫌いがわからないと、自分にとっての「小さな幸せや小さな不幸」もわからないはずですから。

20代はとにかく食べよう! 「自分らしさ」は、ごはん屋さんで見つかる

──少しキャラクターからそれますが、「自分の好き嫌いがわからない」「自分にとっての小さな幸せとは?」を知る術として、どんなことが有用だとお考えですか?たとえば、「20代のうちにしておいたほうがいいこと」があるとするなら?

赤尾:飲み会ですかね! まぁ、飲み会限定じゃなくても、いろんなシチュエーションでごはんを食べるというのはすごく大事な気がしていて。今回のシナリオでも、結構食べ物が出てきちゃってます。

──恋愛編で、まりさんはパン屋に通っていますよね。

赤尾:エピソードを考えていると、自然とごはんのことが浮かんでくるんです。たぶん、食事をするときのシチュエーションや相手によって、自分にとって「幸せか、幸せじゃないか」の定規みたいなものが、私の場合はできあがってきたから。同じ焼鳥屋さんに行っても「誰と食べたか」で味が全然違うみたいな出来事が何度もあったんです。

だから、特に女性はそうだと思うのですが、20代の頃は食べ物に関して積極的に生きていくと、すごくいろんな感情が動くような気がします。たとえば、ひとりでご飯を食べられるようになった瞬間とか、行きたかったお店に自分で予約を入れられたとか。

味わいだけでなく、「私って海沿いのお店が好き」とか「こういうインテリアも好き」みたいに、ごはん屋さんにはいろんなものが詰まっていると思っています。

そこに自分のことだけじゃなくて、「誰と行くか」「いつ行くか」「どの記念日にどの店を選ぶか」みたいな体験が重なると、いろんな感情がたくさん動いていきます。

──「自分は何が好きか」を、ごはん屋さんで考えてみるのも大事なんですね。

赤尾:食べ物があるだけで、いろいろとわかるんですよ。「このパスタおいしいね」って一緒にいた人に言ったとき、相手が「そうでもないような……」と返してきたら、その時点でふたりの感情や感覚は違いますよね。「これをおいしくないと思う人なんだ」っていう相手に触れると、それに対する自分の反応も出てくる。すると、「自分はどういう人なのか」もどんどんわかっていくと思います。だから、20代は、とにかく食べたほうがいい!(笑)

個性のなさに悩んだ30歳。真面目すぎた自分を変えたのは……お酒?

──キャラクターに話を戻すと、まりさんのために「自分は何に悩んでいたか、何に苦しんでいたかを思い出した」とのことでしたが、30歳の赤尾さんにとっての悩みは何だったのですか?

赤尾:自分に個性がないことにすごく悩んでいました。もともとは、いろいろな人に好かれたくて、いろいろな人とお仕事したくて、誰にでも合わせられるようにしたいと思っているような人だったことから始まっているんですけど……。

30歳の頃に周りを見ると、個性的な音楽をつくるアーティスト、この作品といえばこのライターというふうに呼べる人がたくさんいました。そんな先輩や成功している方々の中で「私はどれも得意じゃないな」と悩んでしまって。それは今も、地味に続いている悩みではあるんですけれど、30歳くらいのときが一番そう思っていました。

──その30歳の赤尾さんに、CMの言葉を借りれば「四角い世界をまぁるいミカタに」できるようになった出来事が起きたのでしょうか?

赤尾:私は仕事に関してすごく真面目に考えすぎていたから、むしろ破天荒で刹那的な生活をするようになったきっかけのほうが、見方を変えてくれた出来事だと思います。

20代後半に出会った人や先輩方がいろいろ教えてくれたことによって、30代の生き方が決まっていったように思います。といっても、「お酒を飲んでからでも仕事はできる!」とか、本当にそういう細かいアドバイスですよ(笑)。

「明日のことを考えて今日楽しまないのは本当にバカだ」と言う先輩方がいて、でも彼らは彼らで成功している。20代のときに聞いて「うーん……」って納得しきれなかった言葉たちを、30代になって「ちょっとやってみるか!」と従ってみたら、楽しかったんですね。

特に仕事は、それまでは「みんなに喜んでもらえるものをちゃんとつくらなきゃ!」と思って、シナリオでいうなら「第1稿から100%に仕上げる」みたいに信じてやってきました。でも、ストレスで体調を崩すこともあって……。そんなとき、ごはんに連れていってくれた先輩が「仕事が楽しいと思えなかったら、いくらでもライターなんているんだから、すぐに負けちゃうぞ。書くことをまずは楽しみなさい」と言葉をくれました。そんなこともあって、お酒を飲んでから書いたりするようになりました。破天荒でしょ(笑)。

──まずはお酒の力も借りたりしつつ、とにかく楽しんで書いてみると。

赤尾:そう、まず書いてみる! まぁ、そのシナリオはだいたい使えないんですけれど(笑)。それを第1稿で出そうとしている自分に慌てて、〆切前に追い込んだり。自分の中での「ダメな第1稿」はできているから、それを超えていくものが出てきたりもするんです。

私って、書き直しも全然苦にならないタイプなんですね。それは20代の頃に、あるアニメでご一緒した演出家やプロデューサーが、セリフを1行ごとに読んで検討していくような人だった経験が活きています。最初は「そんなにこのキャラクターに命を賭けるの?」みたいな感覚だったけれど、いざコメントをもらうと腑に落ちる。次第に私も「このキャクターはこういう性格だと思うので、このセリフを言わせたんです」とちゃんと考えるようになって。そこからは人に駄目出しをされるのが徐々に楽しくなってきましたね。

「四角い世界をまぁるいミカタに」すると、いつもの日々はきっと変わっていく

──キャッチコピーの「四角い世界をまぁるいミカタに」も赤尾さんが考えたとのことですが、どういった着想から得た言葉だったのでしょうか?

赤尾:女性って、形でいうとやっぱり「丸」だと思うんです。丸い人がぶつかって困るのは角がある人。だから単純に、まりさんにとって四角く見えている世界は、自分にとって敵でもあるしライバルでもあるし、超えなくちゃいけないところである。

けれども、自分が「丸」になると、四角の中にも入れたり、四角を全部包むこともできたりするから、どんなことにもガタガタせずに転がっていけますよね。そこから「まぁるい」という言葉が浮かんできました。

──世界の捉え方という意味であれば、「ミカタ」は「見方」だと思えますが、あえてカタカナにしている理由はなんでしょう?

赤尾:それは、6歳になる息子と動物園に行ったときに思い当たったんです。息子は身長がまだ大人の半分くらいだから、普通に生活している中でも「大人が見る世界」と「身長110センチの世界」は違いますよね。

「あそこにキリンがいるよ」と指差しても、息子にはキリンがいる柵しか見えていないから困らせてしまって。ちょっとしゃがんでみたら、たしかにキリンが見えなかった。そんな些細なやり取りの中で、親として先輩として生きてきているのに、そういうこともわかっていなかったな……と気付いたことがあったんです。

動物園であれば「キリンを見つけられること」が幸せで、「柵しか見えない」のは不幸せですよね。それである日ふと、まりさんの「幸せを見つけられない感覚」って、単純にこういうことなんじゃないかと思って。ちょっと誰かが抱えてくれたらキリンが見つけられるし、誰かがしゃがんでくれたら同じ不幸を感じ合えるなって。

最初は「まぁるい見方に」と文字にしてみたら、敵味方の「味方」とも音が同じだなと思って、カタカナの「ミカタ」にしました。もし、見方が変わるうえに、見えた世界を自分の敵ではなくて味方にできたら、「キリンも柵も見える世界」をもっと受け入れられるんじゃないかという想いを込めました。


──その想いは、赤尾さんがこのCM作品全体から、30代の女性に届けたいメッセージにも通じますか?

赤尾:そうですね。言い換えると、「女って楽しいよ!」ってことですかね(笑)。あくまで想像ですけれど、たぶん死ぬときに、男の人より女の人のほうが「楽しかった」って言って終えられる可能性が高いと思っているんです。そのくらい女の子って、ファッションも、恋愛も、感情も、いろいろな種類があって、いろいろな幸せと不幸に囲まれていて。それを全部経験していくと、本当に楽しい人生を過ごせるはずだから。

まりさんが登場する4編のCMを見てくれた人が、「こういうことってあるある」みたいに、少しでも心に引っかかってくれたら、そこからちょっとずつ「女って楽しい」という階段を上れるんじゃないかなと思っているんです。その最初の1段目を上がるきっかけを、すべてにおいて仕掛けているつもりです。

──CMの裏側やメッセージを伺ってから、あらためて作品に触れると、まりさんの言動を含めて見え方が変わるように感じます。お時間をいただき、今日はありがとうございました!

『猫がくれたまぁるいしあわせ』
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